神戸地方裁判所 平成6年(ワ)1616号 判決 1997年1月21日
原告
有限会社第三
右代表者代表取締役
白井末春
右訴訟代理人弁護士
池本美郎
被告
神吉正
右訴訟代理人弁護士
清水賀一
主文
一 被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告は、正規の貸金業者であり、主として不動産担保による貸付をしている。
被告は、司法書士である。
2 委任契約
原告は、平成二年八月一〇日、訴外辻川和子(以下「辻川」という。)に対し、辻川所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に極度額七五〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定して五〇〇〇万円を貸付(以下「本件貸付」という。)するに当たり、被告に対し、本件根抵当権設定登記手続の代行を委任した。
3 本件貸付の実行及び本件根抵当権設定登記
原告は、辻川から、「本件土地には先順位の根抵当権者金井一夫(以下「金井」という。)がいるが、被告に、登記関係の書類と現金二〇〇〇万円を交付すれば、その根抵当権を抹消できる。」と聞かされていたので、右2の委任をする際、辻川を通じて被告に右根抵当権抹消登記及び本件根抵当権設定登記に必要な書類を交付した。
その場で、被告から、右各登記に必要な書類が完備していると聞き、原告は、辻川への本件貸付の一部として、被告に対し、右根抵当権抹消に必要な現金二〇〇〇万円を交付した。そして、同日、原告は、辻川に対し、残金三〇〇〇万円を交付し、本件貸付が完了した。
被告は、右各手続を代行し、同日付で右根抵当権抹消登記及び本件根抵当権設定登記がなされた。
4 責任
被告は、以前、司法書士として、本件土地に関して分筆登記手続を行ったうえ、金井から同土地につき根抵当権設定登記手続の代行の委任を受け、その後、同人から同土地をめぐる紛争の相談を受けていたから、同土地が登記簿上宅地であるものの、実質は生活用道路で担保価値が乏しいことを知悉していた。
被告は、原告が辻川に対し五〇〇〇万円の本件貸付をするために本件土地につき七五〇〇万円の極度額の本件根抵当権を設定するとの説明を受けたうえで、原告から司法書士として同根抵当権設定登記手続の代行を委任されたから、原告に対し、同土地が、実質、道路であって経済的に無価値である旨を告知すべきであった。しかし、被告は、原告に対し、右事実を告知しなかったから、司法書士としての重大な任務違背に該当する。
また、辻川の右行為は詐欺罪に該当するところ、被告は、原告から、金井の根抵当権設定登記を抹消するために本件貸付金五〇〇〇万円の一部である二〇〇〇万円を預かり保管するなど積極的に本件貸付契約の締結そのものに加担して辻川の右詐欺行為を幇助したものである。
従って、被告は、原告に対し、第一に債務不履行、第二に民法七〇九条の不法行為の各責任を負う。
5 損害
原告は、辻川から本件貸付金の返済を全く受けていないし、本件根抵当権の担保不動産が無価値であるから、本件貸付金の回収の見込みもない。
したがって、原告の損害は本件貸付金の五〇〇〇万円となる。
6 結論
よって、原告は、被告に対し、債務不履行ないしは不法行為に基づく損害金五〇〇〇万円及びこれに対する債務不履行等の日の翌日である平成二年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、被告が司法書士であることは認め、その余は不知。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実中、被告が原告から二〇〇〇万円の交付を受けたこと及び被告が代行して原告主張の各登記のなされたことは認め、その余は争う。
4 同4、5の各事実は争う。
三 抗弁
仮に、被告が本件につき責任があるとしても、本件貸付につき、原告は、貸金業者としての重大な不注意、杜撰、判断の誤りがあるから、過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
第三 証拠
本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因について
1 請求原因1(当事者)
被告が司法書士であることは当事者間に争いがなく、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告が正規の貸金業者であり、主として不動産担保による貸付をしていたことが認められる。
2 同2(委任契約)
当事者間に争いがない。
3 同3(本件貸付の実行及び本件根抵当権設定登記)
被告が原告から二〇〇〇万円の交付を受けたこと及び被告が代行して原告主張の各登記のなされたことは当事者間に争いがなく、証人辻川の証言、原告代表者及び被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、同3のその余の事実を認めることができる。
4 同4(責任)
(一) 甲第一号証、第三号証、第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証、検甲第一号証の一ないし一六、証人辻川の証言、原告代表者及び被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 被告は、本件土地につき、昭和五八年一一月二六日付で権利者を金井とする所有権移転請求権仮登記、極度額三八〇〇万円の根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権仮登記の各手続を代行した。
(2) 被告は、本件土地につき、平成二年八月六日付で辻川への所有権移転登記手続を代行した(甲一)。右手続の際、被告は、本件土地についての固定資産評価額証明書を添付しているが、同書中には課税地目欄に公衆用道路、評価額欄に非課税と各記載されている。
(3) 被告は、本件土地に近在し、同土地と同様に登記簿上の地目が宅地である南宮町一六九番の二の土地につき、昭和六三年一二月一二日付で根抵当権設定登記手続を代行し(甲九)、やはり同様な南宮町一六九番の一七の土地につき、平成二年八月二日付で抵当権移転仮登記手続を代行した(甲一一、一二)。
(4) 被告は、右のような手続をしたことなどから、本件土地が登記簿上の地目は宅地であるが、実質は公衆用道路であり、固定資産評価額証明書上も公衆用道路で非課税であることを認識しており、その供述中でそのことを認めている(被告本人の供述調書四五、四六頁)。
なお、被告は、書類上、本件土地及びその周辺土地を知っていて、同土地らを現認してはいなかった。
(二) まず、被告が原告主張の債務不履行責任を負うか否かにつき検討する。
前示の各事実によると、被告は、本件貸付のなされた平成二年八月一〇日当時、本件土地を現認したことはなかったが、同土地が宅地ではなくて公衆用道路で無価値であることを認識していたものであるところ、原告が、同土地を担保に極度額七五〇〇万円の本件根抵当権を設定して、辻川に本件貸付金五〇〇〇万円を貸付けることを十分認識しながら、原告から本件根抵当権設定登記手続等の代行の委任を受け、かつ本件貸付の一部として本件土地の先順位根抵当権者金井の根抵当権抹消に必要な現金二〇〇〇万円を原告から交付を受けて預かったことになる。
ところで、司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令、実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない(司法書士法一条の二)から、被告は、原告に対し、本件土地が公衆用道路で無価値であることを告知すべき義務があるかのようである。
しかし、司法書士は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱った事件について知ることのできた事実を他に漏らしてはならない(同法一一条)との守秘義務があるから、右告知義務まではないというべきである。
従って、原告の債務不履行の主張は理由がない。
(三) 次に、被告が原告主張の不法行為責任を負うか否かにつき検討する。
司法書士は、正当な事由がある場合でなければ、嘱託を拒むことができない旨規定されており(同法八条)、その反面解釈として正当な事由があるときには登記の嘱託を拒否すべきであるというべきところ、本件は、無価値な本件土地を担保に高額な本件貸付がなされようとしていたのであるから、右嘱託を拒否すべき正当な事由があるときに該当し、被告は、原告から本件根抵当権設定登記手続の代行を委任されたとき、右委任を拒否すべきであったというべきである。
しかしながら、被告は、右委任を拒否しないで本件根抵当権の設定登記及び先順位根抵当権の抹消登記の各手続の代行の委任を受け、実際に代行したのであるから、辻川の右違法な行為を幇助したといわざるをえない。
したがって、被告は、原告に対し、民法七〇九条の不法行為責任を負うというべきである。
5 同5(損害)
前掲各証拠によると、原告は、辻川から本件貸付金の返済を全く受けていないし、本件根抵当権の担保不動産である本件土地が無価値であることが認められる。
右認定によると、原告の損害は、原告主張のとおり、本件貸付金額の五〇〇〇万円というべきである。
二 抗弁
証人辻川の証言、原告代表者本人尋問の結果によると、原告は、辻川から、本件土地が宅地であるとの説明を受け、原告社員をして現地を確認させ、担保価値等について十分に調査させたことがうかがわれる。
しかし、前記認定によると、本件土地につき、固定資産評価証明書を取り寄せるなど、貸金業者として通常の調査をしていれば、原告は、同土地が公衆用道路であることを容易に発見できていたものというべきである。
したがって、原告は、主として不動産担保による貸付をしていた貸金業者であるのに、その基本的な調査が不十分であったため、同土地が公衆用道路であることを発見できなかったものであるから、原告には重大な過失があるというべきである。
他方、前記のとおり、被告に落度(過失)のあることは免れないが、本件土地が公衆用道路であることの不告知にとどまり、その程度は低いというべきである。
そこで、本件に現れた一切の諸事情を考慮のうえ、原告と被告の過失を対比すると、原告が九割、被告が一割とみるのが相当である。
そこで、過失相殺後に、原告が請求できる損害額は、五〇〇万円となる。
三 結論
よって、原告の請求は、損害金五〇〇万円及びこれに対する不法行為日の翌日である平成二年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官横田勝年)
別紙物件目録
一 兵庫県芦屋市南宮町一六九番五宅地 84.41平方メートル